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巨人・沢村の件で鍼灸9団体から送付された質問状に思う事

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平成29年9月21日

株式会社 読売巨人軍

代表取締役社長 久保 博 殿

 

はり治療による長胸神経麻痺に関する報道についての照会

 

謹 啓
秋涼の候 貴社におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます

 

公益社団法人 全日本鍼灸学会、日本伝統鍼灸学会、公益社団法人 日本鍼灸師会、公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会、公益社団法人 日本あん摩マッサージ指圧師会、公益社団法人 全国病院理学療法協会、社会福祉法人 日本盲人会連合、公益社団法人 東洋療法学校協会、日本理療科教員連盟は、国家資格である「はり師」と「きゅう師」いわゆる鍼灸師が所属する団体であり、鍼灸学術の振興ひいては国民に安全で安心な治療を提供することを目的とするものであります。

去る9月10日(日)に、貴社所属のトレーナーの医療過誤に関する記事が複数の新聞社によって伝えられました。記事では、はり治療によって長胸神経麻痺が発生したとのことですが、業界全体が大変な驚きをもって報道を受け止めているところであります。また、鍼灸師のみならず、一般の患者ならびにマスメディアからも多数の問合せが届いており、その多くは一般的なはり治療でそのような医療事故は起こりえるのか、また、今後の事故を防止するためにも施術内容ならびに診断に至った経緯を明らかにして欲しいというものであります。

本報道は、現在、はり治療を受けておられる患者とそのご家族、これから治療を受けようと考えている方、治療にあたっている鍼灸師ならびに関係者に大きな不安を与えております。我々鍼灸関連団体としましては、事件の詳細を明らかにすることによって、上記問い合わせに対して可能な限り正確な説明を行い、鍼灸師により適切な安全対策を講じさせ、今回の報道で生じたはり治療に対する国民の不安を軽減したいと考えております。

つきましては、施術から診断に至るまでの詳細な経緯について別添の質問状(2枚)にご回答いただきますようお願い申し上げます。また、可能でありましたら担当医師、鍼灸師に直接お話が伺えればと考えております。ご多用のところ大変恐縮ですが、本照会の主旨をご理解いただきご協力を賜りますよう心よりお願い申し上げます。なお、本照会状は、報道各機関にも公開させて頂くことを申し添えます。
末筆ながら、貴社の益々のご発展を祈念いたします。

謹 白

 

公益社団法人 全日本鍼灸学会

会長 久光 正

日本伝統鍼灸学会

会長 形井 秀一

公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会

会長 伊藤 久夫

公益社団法人 全国病院理学療法協会

会長 平野 五十男

公益社団法人 東洋療法学校協会

会長 坂本 歩

公益社団法人 日本鍼灸師会

会長  仲野 弥和

公益社団法人 日本あん摩マッサージ指圧師会

会長  安田 和正

社会福祉法人 日本盲人会連合

会長 竹下 義樹

日本理療科教員連盟

会長 栗原 勝美

 

連絡先 〒151-0053 渋谷区代々木1-55-10学園ビル10階 1001号室

公益社団法人 全日本鍼灸学会 事務局

tel: 03-6276-6751  fax: 03-6276-6752 e-mail: honbu@jsam.jp

 

平成29年9月21日

質問状①

本件におきまして、診察ならびに診断されました医師の先生にお聞き致します。

Q1. 報道によれば長胸神経麻痺とありますが、本件の正確な診断名とその理由(所見)をお聞かせください。

Q2. 報道によれば、はり治療が長胸神経麻痺の原因とありますが、これは事実でしょうか?もしも事実であるならば、はり治療を原因とした理由(因果関係)と他の原因を除外した理由をお聞かせください。また、はり治療前から長胸神経麻痺を疑う所見がなかったかお教えください。

Q3. 患者の転帰についてお聞かせ下さい。

Q4. もしもはり治療が長胸神経麻痺の原因であると考えであるならば、どのような安全対策を施せば、今回の事故を避けることができたとお考えでしょうか?ご意見をお聞かせ下さい。

Q5. 上記に加えて、本件に対するご意見ご感想をお聞かせ下さい。

 

平成29年9月21日

質問状②

本件におきまして、はり治療を行われたトレーナーの先生にお聞き致します。

Q1. 本件に関するはり治療の詳細(主訴と治療の目的、使用鍼のサイズ、刺鍼部位・方向・深度・強度、等)についてお教え下さい。

Q2. 報道によれば、はり治療が長胸神経麻痺の原因とありましたが、刺鍼時あるいは刺鍼後に神経を傷害したことを示唆する現象(強い鍼響、痛み、シビレ、筋の単収縮、等)はございましたか?

Q3. 上記の質問を踏まえて、はり治療が今回の事故の原因とお考えでしょうか?
もしもそうであるならば、どのような施術行為が原因であったか、どうすればこれを防ぐことができたとお考えでしょうか?ご意見をお聞かせください。

Q4. 上記に加えて、本件に対するご意見ご感想をお聞かせ下さい。

※この記事は、実際に診察していない、報道で知り得る範囲からの個人的な推測です。
どのような針を使用し、どのような方法で施術したのか報道からは確認出来ませんでした。
その為、日本で一般的な針を使用し、一般的な方法で施術した前提での推測です。
特殊な針で特殊な施術をしていた場合はこの限りではありません。予めご了承ください。

 

公開質問状が鍼灸関連9団体から読売巨人軍に送付されたのは既報の通りです。

この質問状の内容から今後の成り行きを蛇足かも知れませんが推測してみます(全然違ったらごめんなさい)。

前文を除いた質問は、1.診断した医師に対してのもの、2.施術した球団トレーナーに対してのもの、とがあります。

質問の中で、今後の展開に重要と考えられるものをピックアップして順番に見てみます。

1.医師に対しての質問について

【Q2.抜粋要約】

①報道によれば、はり治療が長胸神経麻痺の原因とあるが、これは事実か?

②はり治療を原因とした理由(因果関係)は何か?

③他の原因を除外した理由は何か?

④はり治療前から長胸神経麻痺を疑う所見がなかったか?

 

上記は、医師に対する質問状のポイントとなるであろうQ2.の抜粋要約です。一つずつ見てみます。

①報道によれば、はり治療が長胸神経麻痺の原因とあるが、これは事実か?

いきなり核心に迫っています。医師は否定するかも知れません。「事実ではない。問われたので『可能性あり』と示唆したのみ。」とするかも知れません。
とすると、本件は終わってしまいます。巨人の調査上の解釈の問題になります。
この場合は、巨人が訂正・謝罪すればこの問題は終わりになります。
沢村投手との整合性は問題になりますが、それはあくまでも巨人内部の問題です。
謝罪を取り消して沢村投手と裁判するもよし、今さら無かった事には出来ないので、「大人の対応」で沢村投手に今後の保証をするもよし、です。

それは我々の口出しするところではありません。

個人的にはここで終わる公算は大だと思います。

なぜならば、事実としたとすると、②③④で詰まってしまいます。

②はり治療を原因とした理由(因果関係)は何か?

医師は、「因果関係」を証明しなければならない訳です。前エントリで説明した通り、まず証明する材料がありません。
ただし、私が何か他の証明方法を見落としていればこの限りではありません。

③他の原因を除外した理由は何か?

むしろ、職業上(野球選手)「他の原因(運動原因)」で発症したとする方が自然で、否定するに足る理由は見いだせません。
沢村投手が鍼治療以前に長期にわたって、「運動原因」となり得るトレーニングやピッチングをしていなかったという事実でもあれば別ですが、どうでしょう。

肩の異和感を訴えたのは沖縄キャンプ中の2月末。
その時点以前でランニングのみなど原因となりうるトレーニングを行っていなかったのならば、除外理由になりうるでしょう(ただし、運動原因のみ)。
トレーニングメニューなどは分かりませんが、「肩の異和感」を訴えて施術したのであれば、スローイングなどを行っていたのではないでしょうか?
よって、「他の原因」を否定できません。

④はり治療前から長胸神経麻痺を疑う所見がなかったか?

報道によれば、鍼治療以前に「肩の異和感」はありました。そのために鍼治療を受けたのです。
その症状が、長胸神経麻痺によるものではなく、別の障害によるものであると証明出来れば良いですが、諸般の事情(時間経過など)により難しいでしょう。

②③④より、①を肯定すると、「無責任」のそしりを免れません。

よって、①は医師によって否定されると考えます。

 

そもそも、私は診断書には原因については言及されていないのではないかと疑っています(あまり自信はないが)。

つまり、長胸神経麻痺の診断は文書としてあるが、原因については口頭のみのやり取りなのではないでしょうか。

あったとしても別添の意見書などに、沢村投手サイドから申告があって「可能性はある」と示唆したとするのみでしょう。

しかし、通常の事故のやり取りを考えると、むしろ文書での原因への言及は避けたいところ。
ですから、裁判にでも発展すれば別ですが、そこまでの文書は無いと考えます。

反対に裁判に発展すれば、この状況では、「原因は分からない」とするのが、科学的態度だと思います。

②③④を考えれば当然でしょう。

ゆえに、巨人の上層部に上げるための調査担当者の報告書には、医師が「可能性あり」としたとする内容はあっても、医師の筆によるものは無いと思われます。

報道を見ても、「可能性が高い」としたのは巨人の発表であって、医師は「可能性がある」、「可能性が考えられる」とした、としか無い。

つまり、前エントリで言及した通り、医師は「鍼治療が原因」とは言っていない公算が大きいと思われます。

「鍼治療が原因」としたのは、あくまでも巨人内部での医師への聞き取り調査上で生じた「解釈の問題」であると考えます。

 

2.トレーナーに対してのの質問

次に、トレーナーへの質問です。

Q2.について

Q2. 報道によれば、はり治療が長胸神経麻痺の原因とありましたが、刺鍼時あるいは刺鍼後に神経を傷害したことを示唆する現象(強い鍼響、痛み、シビレ、筋の単収縮、等)はございましたか?

おそらく、思い当たる瞬間はあったでしょう。そうでなければいくら何でも謝罪しないと思います。
もちろん、私は診察していない上に様々な病因が考えられるので、「肩の異和感」のみではどんな治療をしたのかは分かりません。

ですから、「妄想」と思ってもらっても結構ですが、胸郭出口周囲を治療する選択枝は考えられます。
その場合、斜角筋を狙って治療したとすると、上肢や肩背部に電撃様の鍼響が生ずることがあります。
(その鍼響が神経に触れた為かどうかは、また議論が分かれるところなのでここでは問題にしません。)

通常は、一瞬のことで後には何も残りませんが、その鍼響が、一部報道にもありましたが、施術後に沢村投手が騒ぎ、トレーナーが認めて謝罪する伏線になった可能性はあると思います。

解剖図を見ていただくと分かりますが、長胸神経もその周囲を通過します。

ですから、長胸神経上、この場合は右脇に放散する鍼響はあったかも知れません。
(上肢や肩背部の鍼響はあっても右脇に放散する鍼響は、私は無かったと思ってますがどうでしょう。)

少し、論が前後しますが、もし仮に、問診の中で沢村投手から長胸神経上に放散する鍼響があった、という証言を得た場合、前述の医師への質問②の「因果関係」で医師が証拠とすることは考えられます。

しかし、これでも「長胸神経分布上に放散する鍼響=長胸神経麻痺」とは証明し得るとは言えない、「可能性」に留まるという事を(「Q3.について」で後述しますが)指摘しておきます。

念のため、一般の方の為に説明しておくと、Q2.の「刺鍼時あるいは刺鍼後に神経を傷害したことを示唆する現象(強い鍼響、痛み、シビレ、筋の単収縮、等)」は、イコールではありません。
「強い鍼響、痛み、シビレ、筋の単収縮、等」は即、「神経の損傷」を示すものではありません。

ここで質問者が確認したいのは、何らかの、トレーナー自らが神経損傷を起こしたかも知れない、と感じる瞬間はあったのか?という事だと思われます。
なんだかよく分からないまま、自覚する瞬間も無く、長胸神経麻痺をやったと言われて無いか?という事を確認したいのだと思います。

 

Q3.について

Q3. 上記の質問を踏まえて、はり治療が今回の事故の原因とお考えでしょうか?
もしもそうであるならば、どのような施術行為が原因であったか、どうすればこれを防ぐことができたとお考えでしょうか?ご意見をお聞かせください。

かなり興味深い質問です。ちょっと質問の作成者の意図が分かりません。
そのあとに続く事故防止の資料としたいだけなら、ほかの聞き方があるように思います。

場合分けで考えてみます。

Q2.で、

①「神経を傷害したことを示唆する現象」が「無かった」し、今も、「原因と考えていない」となれば、結構な問題です。納得していないながらも謝罪したことになります。

②「無かった」、「原因と考えている」となれば、これも不思議です。なぜ、そう思うに至ったか聞いてみなければ分かりません。

③「あった」とすれば、トレーナーは「原因であると考えて(それが正しいかは別として)」謝罪、となったのでしょう。

④「あった」、そして「原因と考えていない」は鍼灸師なら一番ありそうです。

となるので、前述のように「あった」のでしょう。つまり③④を想定して質問を作成している。

 

④は少し説明が要ります。③とも関連します。
確実に「やっちゃった感」を自覚していたのならば、なぜ、即球団に報告、病院への受診とならなかったのか。
スポーツ報知、朝日新聞デジタルなど複数のメディアに、肩の症状が施術後も「長期間」改善しなかったとされています。
自分でリカバリーしようとした事も考えられなくもないですが、はっきりとした自覚があったのならば、まず選手のことを考え、病院への受診を勧めるのが普通だと思います。
ましてや、身体が資本のプロ野球選手、それも投手の肩です。まず大丈夫と思っても大事をとって慎重に対応するのが当たり前です。
と言うことは、トレーナーには明確な「傷害した」自覚は無かったのではないでしょうか。

(鍼響はあっても)傷害した自覚は無かった、ということはあり得ます。

前述したように、鍼響はあっても一瞬のことが多いです。
まれに、と言うか私には経験がありませんが、異和感が3~5日続くこともあると聞き及びます。
それは期間から推定して、何らかの組織に炎症が起こったためと考えられますが、それも特に問題を残すことは無く消失します。
その事から、トレーナーは鍼響があったが、それはよくあることで、一瞬か長くとも3~5日で問題なく消失する、と考えたというのはあり得ます。

前述したように、「神経分布上に放散する鍼響=神経麻痺」とは言えないからです。

むしろ中国の鍼灸師には、「鍼響が無ければ治療効果が無い」と言う者が多いくらいです。
日本では多数派とは言えませんが(私もそうは考えていません)、そう言う者もいます。
しかし、通常の施術で、麻痺させたことのある鍼灸師は非常に稀(と言うか聞いたことが無い)でも、大多数の鍼灸師は鍼響を日常臨床で経験しているでしょう。
部位によっては、切皮(約5ミリ程度)でも鍼響は起こるので、刺さない鍼(接触鍼)を主とする技法の流派でない限り、経験していると思います。
そのくらい鍼響は鍼灸施術上ありふれた現象で、もし、それが神経麻痺を起こすのなら、とっくに鍼灸治療は無くなっていることでしょう。

前エントリでも書いたように「通常の鍼治療(鍼響)で、麻痺を起こすほどの神経細胞の破壊は考えにくい」という事です。

そして、鍼響はトレーナーの予測通り、一瞬か3~5日で消失したことでしょう。
その後、長期間施術しても「肩の異和感」という症状が良化せず(鍼響による異和感ではない)、病院受診となったのだと思います。
そのあとの流れは、前エントリで書いた通りでしょう。

以下、妄想中…

長胸神経麻痺は鍼治療以前からあり、鍼施術で鍼響があった。鍼響はほどなく消えた。
病院受診で「長胸神経麻痺」が確認された。

医師:思い当たる「外的要因」はあるか?と問うた。
沢村か関係者:鍼響の印象が強かったので「鍼は?」と問い返した。
医師:「可能性はある」と答えた。

<場面変わる>

沢村か関係者:「長胸神経麻痺の診断が出た。施術中、鍼響あったよな?」
トレーナー:「う、うん。でも、あれは…。」
沢村か関係者:「鍼が原因になるって言われたよ。あれだろ?」
トレーナー:「…。」

…以上妄想終わり。

これならば、④「あった」し、反論は出来ないが、今もって「原因とは考えていない」はあるでしょう。

病院受診までの流れから考えて、③の「あった」、「原因と考えている」でも、少なくとも医師の診断が出て、調査が行われるまではそう考えていなかったでしょう。

結局、途中から見解が変わり認めた③か④という事になります。

 

こうやって見ると、「物証(証拠)はない。自白はある。」という感じになりますか。

なんだか典型的な冤罪事件みたいな構図です。

 

最後になりますが、巨人は質問に答えず、以前の球団発表の繰り返しに終始するかも知れません。

でも、それはあまり賢い選択とは思えません。この問題を長引かせることになると思います。

素直に訂正・謝罪をすれば9団体はもちろん、ほとんどの鍼灸師はこれ以上問題にしないと思います。

傷つけられた鍼灸と鍼灸師の名誉を回復してもらえば良いわけですから。

ぜひ、賢い選択をしていただきたいと思います。

(子供のころから巨人ファンだから)

 

関連記事:

巨人・沢村投手の肩の異和感の顛末に鍼灸師が覚える違和感

巨人沢村投手の報道を見て一鍼灸師が感じたもやもや感 まとめ

長胸神経麻痺の症状・原因・治療

 

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